この村にある唯一、
夜に華やぐ処、それが妓楼だ

一際荘厳できらびやかな其処は、
官吏の父が村人から吸い取った税で建てたものだ

妓楼にはちゃんと名はある
だが、村の人間はその名を口にする事はない
口にするだけで、自らの口が腐るのではないかと思う程の名、
つまり、官吏の名が付いた妓楼だからだ

そして村の人間は決して其処に入る事はない
いや、入ろうとしたとしても直ぐに門前払いを食らうだろう
其処に入るのが許されるのは外から来た金のある客、
両班や商人、そして国の役人達くらいだ

だから、もし村の人間が入れるとしたらそれは売られた時、
官吏やその父親の逆鱗に触れ、
見せしめとして死ぬまで働かされる時、だけだろう


そんな汚い強欲と村人の心血が流れるこの妓楼で、
今宵も伽耶琴の鳴る音が村中に響き、
男共や女人の笑い声、嘲笑、卑猥な声が夜の闇を乱していく

そんな妓楼の片隅
灯りの届かぬ真っ暗闇の中に
小さな招かれざる客が紛れていた
背中に回された手には子母刀が握られている

「糞野郎…」

一際大きく下品な言葉や下卑た笑い声を響かせている
部屋を見つめながら、メヒは怒りのまま吐き出した

幼さを残した美貌は
両親の死によって窶れ、見る影もない
痩せた身体に生気はなく、目は闇夜よりも真っ黒だ
今、メヒを突き動かすのは官吏への憎悪のみだった

「殺す………殺してやるっ」

握り締めた掌は真っ赤に鬱血して痛いはずなのに
メヒは何も感じなかった

その時、官吏達が部屋から出て来た
両腕に妓生を侍らせており、
時折胸元に手を突っ込んではげらげらと笑い声を上げている

その気持ちの悪い笑い声をこれ以上聞くのは耐えられない

メヒは官吏達に近付こうと一歩足を踏み出した
その時、誰かの手がメヒの肩を掴んだ

………っ…見付かった

さぁっと血の気が引き、冷や汗が一気に流れ落ちる
手にした子母刀を更に強く握り締めた

……万事休すか

メヒは恐る恐る振り返ると、大きく目を見開いた

其処には驚くべきひとがいた
痩身の身体が闇夜に浮かび上がる

「…………あ、あ、……ジイル、さん…」

真っ黒の衣に紅い朏(みかづき)の紋様が入った額当てをした
ジイルが口に人差し指を当て小さく笑った

「私の名を憶えていたんだね
良かった
さぁ、行こうか」
「待って!私………」
……行かなきゃっ

メヒが慌てて官吏達を追おう視線を向けると、
ちょうど角を曲がるところだった

だがジイルはメヒの肩を掴んだままだ
それほどきつく掴まれているわけではないのに
メヒの身体は其処からびくとも動けない

「今の君に彼奴等を倒せる力があるのかい?」

……それは

死ぬ覚悟だった
皆は駄目でもせめて官吏だけにでも一太刀浴びせられればと思っていた

ジイルはメヒの心情を分かっているのか
それは駄目だ、とでも言うように首を振った

「大丈夫、此処で止めても彼奴は逃げないよ
さぁ、帰ろう
トンウンが待ってるよ」

強張った身体の力が急速に抜けていく
メヒは力無く頷いた

 

 

 

 

 

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