ようやく気持ちの整理が付いたので、思うことを書いてみたいと思います。

4日前の朝、唐突に入ってきたニュース。
10ヶ月ぶりに聞いた「あの名前」。
ついにその日が来たか、と思いました。

あの日はちょうど大学の試験の日でした。
僕の試験は2限(10:50~12:30)と3限(13:30~15:10)と5限(17:10~18:50)。いつもだったら授業の間に時折触っているスマホもこの日ばかりは流石に見れません。だから、あのニュースを知ったのは2限のテストが終わった昼休憩の時でした。

「京都のアニメスタジオで爆発が起きたらしい」…、嫌な予感しかしませんでした。

そもそもアニメスタジオはほとんど東京にあります。そこに「京都」の2文字。よせばいいのに炎上している様子を映した映像を僕は見てしまいました。







映っていたのは見覚えのあるスタジオ。
僅かな望みは一瞬にして消え失せました。
僕の青春を彩ってきた宝が音を立てて崩れていく様がそこにはありました。

望みと青春が消え失せたと同時に、今の今まであった食欲も、次の時間のために勉強していたことも頭の中から消え失せました。
とにかく「真っ白」になったのです。3限のテストでどんな問題が出てどんな答えを書いたかは全然覚えてません。5限のテストを受けてる時も頭の中は真っ白のまま。ショックが強すぎてもう何が何だか分からない。成績表を見て「あ、単位来てるんだ」と思ったくらいに自分でも何をやったか思い出せなかったのです。

テストが終わったあと、周りの人達が口を揃えて「なんでこんなことが…」そう呟いていました。

…僕は誰かに呟く気力すらありませんでした。
そして嫌でも情報は入ってきます。
あの人と連絡が取れない、この人と連絡が取れない…、ひとりひとりの名前を知る度に心が折れていきました。行き場のない、どうしようもない怒りが込み上げてきました。

やがて最悪のニュースが飛び込んだ時、僕の心は完璧に折れました。そして、僕の中のひとつの時代が終わりました。永遠と思ってたものが一瞬にして消え失せた一日でした。





あの日の1週間前、僕は劇場版を見に行っていました。ローソンでやっていたクリアファイルのキャンペーンもコンプリートしようと頑張ったし、ピカデリーに置いてあったパネルに大はしゃぎしていました。

でも、あの日から僕の時間は止まったまま。

実はあの日から僕は京アニ作品を見れていません。あんなに好きだったのに。いや、好きだからこそ見れないと言うべきでしょうか。


皆さんご存知の通り、僕の部屋には、まこちゃんのタペストリーが飾ってあります。

もちろん橘真琴は2次元最強男子。これは7年経っても揺るぎません。日々の忙しさの一服の清涼剤。まこちゃんへの愛は消えていません。

ただ、今は動いている橘真琴を見るのが「しんどい」と僕は思ってしまったのです。彼に命を吹き込んだのは、他でもない西屋太志さん。命を吹き込んでくれた方はもうこの世にいない。その事実が耐えられないほど重みがあったのです。西屋さんの描くまこちゃんは見られない。西屋さんの描くはるちゃんも見られない…、その事実を今も受け止めきれてはいないのが正直なところです。

そして冒頭の話に戻りますが、僕はあのニュースを聞いた時、「もう前を向くべき時なのかな。」と思いました。もちろん悔やんでも悔やみきれなくて、帰ってこないものもたくさんあります。でも、そういうネガティブな感情とかをこれ以上引きずっていくのもよくないのかなと感じました。

これから僕はFree!を見直そうかなと思ってます。そこから「氷菓」とか「ハルヒ」とか…少しずつ少しずつ「リハビリ」をして行こうかなと思います。

あれ以降、本当に「永遠って無いんだ」と思いました。「推しは推せる時に推せ」なんて格言(?)もありますが、自分がその立場になって初めて理解出来ました。人間の生み出すものです。永遠なんて無い。だからこそ、一瞬の儚さを全力で愛せるのも僕たち人間のできることです。

儚さを愛でる。これをキーワードにまたこれからもずっと見ていきたいとそう思う今日この頃です。

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